民法改正で不当な財産処分ができなくなる
2018年7月に「民法及び家事事件手続法の一部を改正する法律」が成立し、同年7月13日に公布されました。民法のうち相続法に関する改正が行われたのですが、その改正の中の一つで、「相続開始後の共同相続人による財産処分」についての見直しが行われました。今回はこの内容がどのようなものなのかをお伝えしていきます。
他の相続人に内緒で預金を引き出した場合(法改正前)
相続が発生し相続人が複数いる場合には、亡くなった人の財産のうち「当然分割」される財産(例えば他人への金銭の貸付である債権や、他人からの金銭の借入である債務)以外は、相続人全員(共同相続人)の共有財産となります。その後、どの財産をどの相続人が相続するか遺産分割協議を行ったうえで、名義変更等の手続きを経て、遺産分割が完了することになります。
ただし現行では、「遺産分割時に存在する財産」を遺産分割の対象とするという考え方・原則があるため、相続発生後に遺産分割をするまでの間、相続人の一人または複数の人が財産を処分した場合、その財産については遺産分割の対象とはなりません。典型的なのは、相続発生後に口座が凍結される前に相続人の一人が、他の相続人に内緒で被相続人の財産である預貯金を引き出すというケースです。
例えば被相続人の財産が預貯金3,000万円、相続人が2人(甲・乙)で、甲が乙に内緒で遺産分割前に預貯金のうち1,000万円を引き出していた場合、遺産分割の対象となるのは3,000万円ではなく2,000万円になってしまいます。そのため遺産分割後に取得する財産の総額は、
甲:2,000万円×1/2+1,000万円(預金引き出し)=2,000万円
乙:2,000万円×1/2=1,000万円
となり、乙に不利益が生じてしまうことになります。預貯金の引き出しが行われなかった場合の乙の相続分は3,000万円×1/2=1,500万円で、差額の500万円を取り戻すためには民事訴訟で甲の不法行為・不当利益を訴えることになりますが、現状ではその訴えを認めてもらうことは困難となっています。
貰い得は許されなくなる
今まではこのような理不尽なことの多くがまかり通っていたのですが、それを無くす目的で今回の法改正が行われました。たとえ相続発生から遺産分割までの間に、特定の相続人が財産を処分した(上記のケースでは甲が預金を引き出した)場合にも、処分された財産を遺産分割の対象として相続財産に含めることができるようになり、不当な財産処分がなかった場合と同じ内容で遺産分割を行えるようになります。
なお、財産を処分した相続人の同意を得ることなく、その他の共同相続人全員(上記のケースでは乙)が同意すれば、処分した財産を遺産分割の対象に含めることができるようになりますので、不当な財産処分が判明した場合には貰い得は許されなくなります。
法改正のメリット・注意点
このような法改正が行われることにより、共同相続人の一人または(全員でない)複数の相続人が、不当な方法で本来の相続分以上の財産を得ることが従来よりも困難になります。また、不利益が生じた相続人が民事訴訟を起こす労力や時間をかけることなく、本来の相続分どおりに財産を相続できるようになるというメリットもあります。
ただし、今回の改正は相続発生後の不当な財産処分があった場合の不公平を無くすための内容となっていて、相続発生前の財産処分については触れていません。
例えば親が亡くなる直前に預貯金が引き出されていることが判明して、それが原因で相続人同士が争うこともありますが、このような場合には従来通り民事訴訟で解決をしていくことになります。とはいえ、従来では不利益を被ることになった相続人を救済するだけでなく、不当に財産を処分しても得はない、という抑止力にもなりますので、今回の改正は相続争いを今よりも少なくする効果があるのでは、と期待できるのではないでしょうか。